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大分地方裁判所豊後高田支部 昭和45年(ワ)22号 判決 1976年5月28日

原告 甲野花子 (旧姓乙山)

右訴訟代理人弁護士 近藤新

被告 丙川太郎

右訴訟代理人弁護士 後藤三郎

主文

被告は原告に対し、金一二九万〇、四六一円およびこれに対する昭和四五年九月一〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金三〇〇万円およびこれに対する訴状送達の翌日(昭和四五年九月一〇日)から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、その請求原因として

≪以下事実省略≫

理由

一、原・被告が昭和四四年二月一八日、訴外丁田春子等の媒酌により挙式のうえ、新婚旅行をなし、被告勤務会社の社宅で同棲をはじめたこと、原告は東京家政大学短期大学部保育科を卒業し、右結婚時まで○○○高等学校附属△△△△幼稚園の教諭を奉職しており、かつ同人の実父は当時○○○○市内の公立小・中学校長の職にあって同市内では上流の家庭に属するものであること、被告は関西大学法学部を卒業し神戸市所在の○○○○○○○株式会社に勤務している会社員であること等の点については、当事者間に争いがなく、また被告が昭和四五年五月一七日原告の荷物を送り還し、原告が即日被告に結婚指輪を返還したことについては、被告は明らかにこれを争わないので自白したものと看做す。

二、ところで、原告は、まず被告は昭和四五年四月二六日および同年五月一〇日の両日に亘り原告の代理人である同人の実父乙山五郎と国鉄宇佐駅前の石松旅館で話し合い、その結果被告は原告に対する婚姻予約の破綻解消の不法行為責任を認め、原告に対し慰藉料として金三〇〇万円を支払うことを内容とする旨の証書を作成して差入れ、同金員の支払いを約したので、被告は右約定に基づき右金員の支払義務がある旨主張し、被告はこれを抗争するので判断するに、≪証拠省略≫を綜合すると、被告が原告主張の日時、場所において原告の実父である訴外乙山五郎に会い、被告の原告に対する既往の態度を詫びたうえ、原告に翻意してもう一度神戸の被告の許へ帰ってもらうよう、とりなし方を懇請し、かつその際同年五月一〇日の日付による一通の文書を作成して差入れた事実が認められ、なお右文書には横書きでその表面に誠意をもって次の通り責任をとりますと前置きして、金三〇〇万円を、第一案として毎月五万円(賞与期ごとに二〇万円)宛分割して三年間に完済する、また第二案として右金員中一〇〇万円を初回払いとして支払うことについては考慮する等の旨の記載が存するので、該記載の外形からは被告が原告に対し、慰藉料として金三〇〇万円の支払いを約したものと認められなくもないのであるが、反面右金員がどのような根拠によってその額になったものか不明で、多分にその場の雰囲気から衝動的に書かれたものとみられなくもなく、またその支払方法も多義的な曖昧さを残した文言になっておって(この点について後日公証人役場で公正証書にし、これに基づいて家庭裁判所の家事調停に出すという話合いになっていたが、その後これは行われていない)、金銭債務支払証書としての実効的形式に欠けておるのみならず、さらに同文書の裏面には、「過去の苦痛を忘れさせるよう最大の努力をする、一年有余尽くしてくれたあの心が本当ならば是非帰って下さい。死刑囚にも遺書を書く自由は残されると思い現在の心境を記します。」という被告の只管原告の復帰を願っている切実な思いが叙べられておって、被告が当時猶原告との離別を欲せず、むしろ右訴外乙山五郎のとりなしによる原告の翻意復帰に一縷の望みを懸けて必死の気持ちになっていた情況が窺われるところ、一個の文書の表面と裏面はその記載順序に時間的な先後はあっても、同一人により、同一機会に同一命題について作成されたものである以上これを有機的統一的に関連づけて考察すべきものであるから、被告が一つの所為(一連の所為)で、一面婚姻予約の破綻解消の承認を前提とした金三〇〇万円の慰藉料支払の意思を表示し、他面右前提と背馳する同婚姻予約の継続維持を希求懇願する旨の意思を表示するなどの二律背反的な行動に出たものとは考えられず、同文書作成前後の言動とも照らし合わせるときは、該文書は被告が原告との婚姻予約の破綻解消を已むなしとし、かつ右解消によって原告の受けるべき精神的苦痛を慰藉するという趣旨で右金員の支払いを約し作成したものではなく、ただ原告に翻意して被告の許へ復帰してもらいたいという一心から被告のギリギリな気持を表白して原告や同人の実父である右訴外五郎を動かすための方便として前記の金額及び支払方法を記載しただけで該金額を同記載の方法等により現実に支払う旨の真摯、かつ確定的な意思は有しなかったものとみるのが相当である。

しかして、原告も、被告が当時該文書掲示どおり金三〇〇万円の慰藉料を現実に支払う確定的意思を有しておるものとは、もとより信じておらなかったものというべきである。

けだし、後記のごとく被告には気分易変的な傾向があり、原告は被告のこのような性格を熟知しておったうえ、被告が右文書を作成差入れた後でも右乙山五郎に対し、具体的な慰藉料支払いについては他日家庭裁判所に家事調停を申立て同調停委員会で決めてもらうようにしたいと提案し(これに対し、右訴外五郎も異を唱えてはいない)、原告は右五郎を通じて被告のこのような言動を了知しておったからである。

以上のような事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

そうすると、該文書の法的性格は、実効性の点からみて、むしろいわゆる例文契約書の範疇に入るものというべく、被告の該文書についての無因契約性の反論や訴外乙山五郎についての代理資格欠缺に関する主張等について、さらに検討するまでもなく、甲第五号証の一に基づく被告の契約上の慰藉料金三〇〇万円の支払義務はこれを認めるに由ないものといわなければならない。

三、つぎに、原告は、仮りに前記契約上の慰藉料支払義務は存しないとしても、被告は原告と挙式同棲後原告の起居動作を一一非難し、いやがらせを言い、かつ原告再三の催促にもかかわらず婚姻の届出を拒否し続け、ついに不当に婚姻予約(準婚関係)を破綻解消にいたらせ、原告に甚大な精神的打撃を与えた旨主張するので検討するに、≪証拠省略≫を綜合すると、被告は原告と挙式するまでにもあるいは結婚するといい、あるいはこれを見合わせるといって態度が一定せず、式の日取りについても数回変更を重ねておったこと、そして迂余曲折を経、昭和四四年二月一八日原・被告の郷里大分県○○○○市内で式を挙げ南紀方面に新婚旅行したが、予定を繰り上げて帰神し、前記社宅で同棲生活をはじめたこと、ところで被告は生真面目と思われるほど非常に真面目で、頗る仕事熱心な反面、内向的、優柔不断で、また例えばステレオを買っても、直ぐそれをカラーテレビに買い替え、また忽ちにしてステレオと取替えるとか、あるいはがんがん怒っていたかと思うと急にころっと機嫌が変わるとか、またあるいは別れたいと言ったかと思うと、間もなく別れたくないというふうに気分易変的な傾向もあり、また原告がテレビのチャンネルを手で廻わすと、指紋や手垢がつくので布片で廻わせと注意したり、鏡台の下に髪の毛が一本でも落ちていると汚いとやかましく言うなど異常に神経質なところがあったこと、このため原・被告の間はしっくり行かず、兎角小さなトラブルが絶えなかったこと、さて原告の実父である訴外乙山五郎は原・被告が挙式後遅滞なく婚姻届を提出でき、また早く扶養手当の支給も受けられるようにと、予め○○○○市役所から戸籍謄本、住民票、選挙人登録証明書、無職の扶養証明書、婚姻届の用紙等の下付を受け、これを揃えて前記挙式当日わざわざ被告に手渡し、それで手続きするようにと心を配っていたが、被告はこれを手裡にしたまま、その後一向に届出の手続をとろうとしなかったこと、それでこのことや原・被告間の冷たい関係を案じた右五郎および原告の実母訴外乙山咲子が相次いで原・被告の新居を訪れ、被告に原告との円満和合を懇請し、また被告に婚姻届を出さないことの理由を問い、かつ速やかな原告の入籍手続方を催促し、原告もまた再三入籍を求めたが、被告は明確な理由を述べることなく原告との婚姻届を提出しようとしなかったこと、このため原告は同じ社宅の同僚の夫人らから選挙(神戸市長選)の投票に誘われても選挙権がなくて行けず、警察の戸口調査の際も未入籍のため何か二号的な存在の婦人のように疑われ、また病気で医師の診察を受けに行った際もどうして保険に入っておらないのかと訝しまれる等常に肩身狭い思いをし、さなきだに傷つき易い新婦として同年七月には憔悴しきって前記○○○○市の実家に帰ったこと、この時は両親らから慰められ、また暫らくして被告も迎えに来たので神戸に戻ったが、原告の前記性格からその後も原・被告の同床異夢的な状態は少しも改善されず、かつ被告は依然として原告との婚姻届の提出を渋り遷延しておったので、原告の前記両親は、被告の従兄で被告勤務会社の幹部社員である訴外丙川一郎や原・被告結婚の事実上の媒酌人であった冬山雪男らに頼んで被告に原告の入籍手続をとるよう説得方の協力を求め、その頃右両名から相次いで被告を説得してもらったが、これによってもなお被告を動かすことはできなかったこと、それでいたく憂慮した実父の前記五郎はさらに被告の直属上司に会いその協力を得て被告の真意を確認し善後策を立てようとして同年一二月二六日被告勤務会社にAという部長を訪れその斡旋のもとに被告にその真意をただしたが、やはり被告からはっきりとした言葉が聞けず、引続きその夜被告宅で原告も交え三人で話し合い、右五郎は最終的に被告に対し、「ちゃんと入籍して建設的に前進するか、それとも一日も早く別れたいのか」とただしたところ、被告は「一日も早く別れたい」と答えたので、一旦その方向で解決することになったところ、その直後被告は半狂乱の状態になって泣きわめき、また原告も「折角望まれて結婚したのだから、できることなら一年でも頑張ってみたい」と申し出たので、右五郎も両名の再考と再出発に期待を繋いで帰宅したこと、しかしその後も原・被告間には前同様の状態が続き、被告は婚姻届の提出を拒み続けておったので、原告もついに被告との婚姻を断念して同四五年四月一八日再び被告の許へ戻らない決心で実家に帰り、被告も同年五月一七日にいたり、原告の荷物を原告宛送還し、原告も同日婚約のしるしであるエンゲージリングを被告の事実上の養父である訴外丙川二郎を介して被告宛返還し、これによって原・被告間の婚姻予約は解消するにいたったこと、尤もその後も原・被告間に数回面会や話し合いの機会がもたれ、その間に復縁交渉の話も出てはいるが、真摯性を全く欠くものであり、むしろお互いの不満の表白や婚姻予約解消後の善後措置についての話し合いという意味が強く、到底前記婚姻予約の解消を白紙に返えす等の性質のものではなかったこと等の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

被告は、原告が実家に帰った後、同人に対し、既往の態度を詫び、改めて婚姻を申込んだのであるから、かかる場合原告としては正当の理由(例えば民法第七七〇条第一項各号所定事由のごとき)なくしては、これを拒否し得ないものである旨主張するが、実定法上からは勿論、原・被告間の前記のようなそれまでの事情からも原告に被告のかかる申入れを応諾すべき義務の存しないことは極めて明らかである。

尤も、被告主張のごとく、被告は婚外出生の庶子であって、その旨の戸籍の記載に対し甚しい劣等感と嫌悪感をいだき、それが多年被告の精神的な負い目となってきておったということは否定し難いが、原・被告間の婚約成立までの経緯や挙式前後における原告の心情(≪証拠省略≫によると、原告が被告に対し、深い信頼と愛情を傾けきっておることが窺われる)、原告の両親の被告に対する態度(≪証拠省略≫によれば原告の実父である前記乙山五郎は原・被告挙式の約二ヶ月後である同四四年四月二七日被告に宛て書き送った手紙の中で、「二人で考えにあまるときは遠慮なく私たち両親に相談してもらいたい」とか、「太郎君も親子の盃をして今や私達にとっても何物にも替え難い息子の一人であって君たち二人の真の幸福を心から念願している者は世界中に君たち二人と、肉親の私たち二人しかないということを確認していただきたい、それが理屈や道理を超越した親の至情というものです……今も母さん((原告の実母乙山咲子のこと))が読経を仏前にあげている、恐らく君たち二人の幸せを胸に秘めて祈りのつもりでせう……」云々と述べておって、実の親以上に愛情をかけておったことが認められる。)等から、被告としては婚外出生の庶子であるという事実が該戸籍の記載から原告らに判明しても原告や右五郎らから蔑視されたりして婚姻生活が破局にいたるというような懸念のない(因みに原告らは既に原・被告の婚約成立前にこのことは了知しており、そのうえで婚約を成立させ挙式したものである)ことは、十分承知し得た筈であるから、原告との婚姻届を提出することが被告にとって耐え難い精神的苦痛であったとは到底考えることができない。

また、被告は挙式同棲後当分の間は被告勤務会社の異常な繁忙のため届出の余裕がなかった旨のことも主張しているが、前認定のように関係書類の大半は原告の実父五郎において準備してくれており、届出は一挙手一投足の労で足りたものであるから、被告の右主張も何ら理由となるものではない。

結局被告の婚姻届不提出ないし同提出拒否に正当な理由を認め得ないことは極めて明らかであるといわなければならない。

ところで、一定の要件を具える男女の結合のみを法律上の夫婦と認めて、これに保護を与えようとする一般的な法目的および婚姻公示の社会的要請から民法は戸籍の届出をもって婚姻の成立要件としている。

しかして、この法制度は、籍に入れることが即婚姻であり、籍を抜くことが即離婚であるとする我国社会の一般的習俗観念と密接に結びついており、籍を入れないかぎり正式の嫁(妻)として遇してはいないものとされるのであるから、爾余の婚姻予約破綻解消事由の存否如何にかかわらず、原告が被告の婚姻届不提出ないし同拒否によって婚姻を断念し、したがって婚姻予約解消の已むなき結果にいたったことは当然の経過であるといわねばならない。

四、ところで、前認定のごとく、原・被告はその挙式後原告の実家復帰まで満一年二ヶ月の間事実上夫婦として同居生活を続けいわゆる準婚関係にあったものであり、かつ原告は被告の何ら首肯に値いする理由に基づかない婚姻届出の拒否に因って不当に右婚姻予約(準婚関係)を破綻解消させられるにいたったのであるから、これにより精神的に甚大な苦痛を受けたことは勿論であり、したがって被告は原告の受けた右苦痛を慰藉する義務のあること、言うを俟たないところであるといわなければならない。

しかして、当事者間に争いのない冒頭摘示の原・被告の学歴、職歴、原告家庭の地位および前認定のような本件婚姻予約の成立から破綻解消にいたった経緯、被告本人尋問の結果認められる被告の現在の収入(月収約二二万円位)ならびに被告の真摯・確定的な意思に基づくものでなかったにしても同人が一応原告に対し金三〇〇万円を支払う旨の記載がある文書を作成差入れたことのある事実、本件婚姻予約破綻解消の主因は、被告の恣意的な出生関係に対する異常のコンプレックスに胚胎する婚姻届拒否に因るものではあるが、不倫、放蕩、怠惰等に因るものではないこと、原告もその後再婚し(ただし、再婚相手の勤務先は大分・宮崎県境に近い山間の僻地である)、前記準婚関係解消による傷心もようやく癒やされつつあること、その他本件弁論に現われた諸般の事情を綜合参酌すると、被告から原告に支払うべき慰藉料の額は金八〇万円をもって相当と考える。

五、つぎに、≪証拠省略≫を綜合すると、原告は被告から婚姻の申込みを受けた当時大分県○○市所在の○○○高等学校附属幼稚園の教諭をしていたが、同四三年一〇月二四日、中祝儀の儀式と結納の授受を了し、被告との婚姻予約が成立したので同月三一日付同教諭を退職したものであり、もし右婚姻予約がなかったなら、同女の当時の年令(満二一年)から推し、少なくとも猶二年間は同幼稚園に勤務したであろうことは本件弁論の全趣旨に照らして認めうるところであるから、右期間内であって、同年一一月一日から同女が右婚姻予約の解消に因り再就職の機会を得るに至った日の前日である同四五年五月一七日までの間の得べかりし利益は原告が婚姻予約が誠実に履行されることを信頼したことによって被むった損害と解するを相当とする。

しかして、右証拠によれば原告は同四三年一一月一日から同四四年三月三一日までの五ヶ月間は月給一万七、〇〇〇円・年間賞与月給の四ヶ月分、したがってこの間の収入額は金一三万三、三〇〇円{(17,000円×12+68,000円)×5/12=133,300円}、同四四年四月一日から同四五年三月三一日までの一ヶ年間は月給二万円・年間賞与前同、したがってこの間の収入額は金三二万円{(20,000円×12)+80,000円=320,000円}、同四五年四月一日から同年五月一七日までの一ヶ月一七日間は月給二万四、〇〇〇円、したがってこの間の収入額は金三万七、一六一円{24,000円×(1+17/31)=37,161円}で、総計四九万〇、四六一円の得べかりし収入のあったこと、原告は両親と同居し、生活費は公立小学校長(後に同中学校長)の職にあった実父五郎によって全額を賄われておったので、右収入は悉皆原告の所得となったものであること等の事実が認められるので、被告は原告に対し右金額を支払うべき義務があるものというべきである。

原告は、前記のごとく、原告荷物送還・エンゲージリング返還によって婚姻予約解消の確定した同四五年五月一八日以降同四七年一二月三一日までの間についても該逸失利益を主張するが、みぎ同四五年五月一八日以降は原告において再就職の可能性を有したのであるから同日以降分については因果関係を欠き逸失利益(損害)とならないものといわねばならない。

六、つぎに、原告は、挙式当日の膳部、式場等の費用、案内状印刷代、美容院の支払代、仲人祝儀、挙式前の打合わせのため神戸に往復した費用、タクシー運転手・給仕人等に対する祝儀、写真代等の挙式に要した費用計金一九万九、四三五円も本件婚姻予約の破綻解消に因って生じた損害として被告にその支払義務がある旨主張するが、およそ挙式は男女の結合が結婚として社会的に公認されるための習俗的行事であって、いわば夫婦共同体としての社会的認証を目的とするものであるから、当事者が挙式後夫婦共同体としての実態を具えた生活を営んだものと社会的に認められるに足りない泡沫的な態様のもの、例えば数日もしくは一〇数日というような短時日の間に婚姻予約が解消され、したがって当該挙式が無意義なものとなり、これに要した費用も明らかに無駄な支出となったものと考えられるような場合で、かつ右解消が相手方の帰責事由に基づくときは、無責の当事者は右挙式の費用について相手方にその賠償を求めることができるものといわなければならないが、本件のごとく当事者が一年二ヶ月間にも亘って同棲し、婚姻の届出がないという点を除いては、外形上婚姻した夫婦と何ら変りない実態を具えた共同生活を営んだものである場合には挙式は一応前記の目的を達したものとみるのが相当であり、したがってこれがため支出した費用も不要とはならず、有用性をもったものというを妨げず、したがってこれを被告の不当な婚姻予約解消に因って原告の被むった損害とみるのは相当でないものといわなければならない。

七、以上のとおりであるから、原告の被告に対する請求は、原告の精神的苦痛に対する慰藉料として金八〇万円、逸失利益として金四九万〇、四六一円以上合計一二九万〇、四六一円およびこれに対する被告の該不法行為後であり、かつ本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかである昭和四五年九月一〇日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める分は正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条本文を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 石川晴雄)

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